『絶滅の牙』(著:レイ・ネイラー/東京創元社) を読んだ。SFのレビューブログ「基本読書」で紹介されているのを見て手に取った。「絶滅した動物に人間の意識をアップロードする」という発想が面白そうだったのがきっかけだ。200ページちょっとのコンパクトな一冊なので、SF小説に初めて挑戦するという人にも薦めたい。
科学者の記憶が、マンモスの命に宿る
人間の乱獲によってゾウは絶滅に追いやられつつあり、密猟者と戦うレンジャーかつ科学者の一人であるダミラ。彼女の意思は無念に終わるが、その「意識・記憶」が保存され、遺伝子工学の発展によって復活が可能となったマンモスにアップロードされる。彼女のミッションは、ゾウの深い知識と共感をもって、マンモスを自然で何世代も生きられるように先導することだ。
ゾウが絶滅して久しく、マンモスが復活すると再び密猟者とその取引マーケットが現れてマンモスの象牙を狙う。密猟者と、マンモスそのものとなったダミラの闘い。ここですでに単なる「自然対人間」の構図を超えて、人間対人間とも言える状態になっているのだが、(肉体も)通常の人間の間でも闘いが描かれる。
密猟者として生きざるを得なくなってしまっていた少年。保護区を持続可能なものとする資金を得るために、皮肉ながらも保護対象のマンモスを一部狩猟可能として大富豪からお金を得る科学者。その富豪とパートナー間の理解、不理解。このように多元的に展開した物語となっていて、読み応えを増しているが、主人公ダミラの物語があまりに強烈であるために他の登場人物はやや霞んでしまっていると感じた。
匂いで「その瞬間に戻る」——ゾウ科の記憶はなぜ違うのか
本書で最も印象に残り、より知りたくなったのは、ゾウやマンモスの記憶の描写だ。彼らは匂いを通じて記憶を呼び起こすとき、人間が「思い出す」ときとは質的に異なるらしい。人間は記憶を「参照する」に近いが、ゾウ科はその過去の状態に丸ごと飛び込んでいく——「思い出す」ではなく「その場に戻る」という感覚らしいのだ。
この描写を読んで、映画『メッセージ』(原作:テッド・チャン『あなたの人生の物語』)を思い出した。ネタバレとならないように気をつけつつ書くと、この物語では時間と記憶がテーマの一つである。ゾウの記憶と『メッセージ』の異星人の時間知覚は、どちらも「現在」に閉じていない話として、自分の中で繋がった。
密猟者と、許可された狩人
この物語の予想外ポイントは、ゾウの嗅覚と記憶の意外性を知ったことと、もうひとつは「保護資金の調達のために保護対象の狩猟を一部許してしまう」というジレンマを取り込んでいたところだ。象牙を金に替えるための密猟者と、狩りそのものに自分の生き様を照らしてしまう大富豪。密猟者だけだと、この物語は「ああ、そういう話ね」という評価にとどまっていたかもしれない。
まとめ
個人評価:★★★☆☆
「絶滅した動物にアップロードされた人間の意識」という発想の奇抜さで十分楽しめるし、ゾウやマンモスの記憶描写は純粋に面白い。ジレンマの構図も好みで、「あの場面は良かった」と思えるものがある。ただ、物語が多元的になる分だけ各登場人物への没入が浅くなった感があり、読後感は「良かった」よりも「良かった部分があった」に近い。
次に読む本
ゾウ、あるいは動物の感覚と記憶に迫った本として著者が参考文献として紹介している『ゾウがすすり泣くとき』(J・M・マッソン、S・マッカーシー)は非常に興味がある。
映画『メッセージ』の原作『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)は読み始めており、読了時には記録を公開したい。